いのちの声を聞いてあげる・・・

皆さん、おはようございます

 

今日は夏至です。

一年で一番日が長い日となります。

これからどんどん日が短くなります。

 

お天気はイマイチですが、陽のエネルギー満載です。

ニコニコ笑顔で今日も一日心地よく過ごしましょう。

 

この蓮の写真は近所の沼に咲いていました。

先日の写真の蓮は、白に淡いピンク。

こちらは濃いピンクです。

満開まではあと1週間ほどでしょうか・・

満開の時には、また写真掲載させていただきますね。

 

さて、先日は「疲れが自覚できる人は素晴らしい」という内容になりました。

なぜかと言いますと、まだ、いのちのシステムが正常に作動できる状態であるということだからです

 

だんだんいのちのシステムが正常に作動できなくなると、サインを送らなくなります

なので、よく聞く話で「あんなに元気だったのに突然死したり、心の病で突然身動きできなくなったり・・」でもこれは誰にでもおこりうることなのです。

 

いのち側も私達を最大限生かしてあげよう、最高の状態で朝を向かえさせてあげようと休むことなく一生懸命働いてくれています(夜の間が一番新陳代謝が高まり体と心の修復の時間です)

 

なのに、持ち主である私達はそんな有り難い愛にも気が付かずに、体に対しても、あっちが痛いこっちが痛い、調子が悪いと文句ばかり言います。

自分の管理不足をまるで誰かのせいにしているように・・・

 

痛みがあったり、不調を訴えてくれることはとても有り難いことで、そこで気が付き、日常生活全般(体の付き合い方、心の在り方も)を修正してねという優しいメッセージなのです。

 

そのメッセージをちゃんと受け取り、自分が今日できることをしてあげる

これがいのちに対しての感謝であり、相互的に愛が高まりいのちは喜び、その喜びが人様の喜び、愛として反応していくのではと思っています。

まずは、この愛が根底にあってこそ、「愛」が大事とはじめて言えるのではないかと・・・

 

よくボランティアをしています、子育て支援をしていますとか沢山の社会活動をされていらっしゃる素晴らしい方々は大勢いらっしゃいます。

でもよく聞いてみると実際には、家族がバラバラだったり、家は散らかし放題、体はボロボロだったりするケースは案外多いのではないかと感じています。

*これもいい悪いではなく、勿体無いと思うのです、せっかくの素晴らし活動が・・・

 

エンボディでお伝えさせて頂いているのは、まず「自分を整える」こと

その上で何をするか・・

 

何かをするから自分が整ったり、満たされるわけではなく、何をしていなくても日々日常でどれだけ内なる愛に気がつくか、そしてそれに対して応えてあげているか・・・

*疲れきってしまうと鈍くなってしまう感性、そしていのちの声を聞けなくなってしまう前に気が付きませんかというのがエンボディのご提案でもあります。

 

このいのちとの対話は「ねばならない」でやるとまた、対話にならなくなるので、とにかく疲労が改善されてくると、自然といのちの声を聞きたくなってきます

 

そこが知識から入るのではなく、体から入る大きな違い。

頭(知識)でいのちをコントロールするのか、内なるいのちの声に従うのか・・・

 

例えば、食べ物でもそうです、頭でこれはこの栄養素があるからとか、これに効くからとか、痩せるからとか、病気にならないようにとか・・それはいのちの働きを信用していないことにもなります。

*頭からはいることで作用させる場合もありますが、あくまでもいのちの声を聞くという観点からするとです。

 

では、いのちの声を聞きだすと病気にはならないのですか?調子は悪くならないのですか?と聞かれます。

いいえ、逆にいのちの力が高まると、修正力が高まる分、修正しないといけない場合は、すぐに修正(体、心)を促すような反応や出来事を起こしてくれます(起きてきます)

 

そして気が付き改善されるとメッセージは消え、いち早く心地よい自分(本来の自分)に戻ることができます。その繰り返しが内なる愛が高まることにもなるのです。

 

これがとても大切で、いのちのメンテナンスをしていると修正力が早くなります。

鈍くなるといつもまでも体も心もその状態を引きずります。

ここが人生全体から見ると大きく変わってくるところ・・

 

心地よい自分でいる時間が長ければ長いほど、単純に幸せと思える時間も増え、感謝できる心にもつながりやすくなりますね。

それが好循環をよびます

いつもまず自分から・・・

 

今日もいのちの声を聞いてあげましょう。

 

今日も最後までお付き合い頂きましてありがとうございました

内なる大きな愛に感謝。