瞑想は「ただ在る」に戻ること

皆さん、おはようございます。

 

この写真は先日の江の島。

 

夏が終わると普段の江の島に戻り、穏やかな空気感、爽快感が蘇ります。

 

昨日は久しぶりの晴天で海もキラキラ輝いています。きれいでした。

 

しばし、日向ぼっこの時間を楽しみました。

 

さて、先日は「瞑想の本来の目的は・・」という内容になりました。

 

瞑想に関する捉え方は人それぞれ千差万別でしょう。

 

私は無宗教者ですが、同じ禅といっても2つの流派があり解釈や表現の仕方、導き方も多少違います。

 

よく言われていることですが、皆、目指す頂上は同じでも登るルートが違う。

 

なので自分がしっくりいくもの、ご縁があるもの、興味があるものから入っていく過程でこの肉体を使い、魂(いのち)が必要な学びを繰り返してしていくことでやがて頂上に辿り着く(本来の自分に戻る)*料理でも、音楽でも、趣味でも、仕事でも何でも

 

本来の自分に戻るって?・・・それがわからないから苦労している、迷ったり、悩んだりしているという方もきっと多いでしょう。

 

でも、ちょっと目線を変えると、迷ったり、悩んだりすること自体は素晴らしいことだったりします。

 

自分を愛しているから、愛おしいから、素晴らしい存在だと気がついているから

本来の自分を知ろうとわかろうとするのです。

 

その内に向ける心こそが愛そのものであり、学びを繰り返すことで自分がどれだけ愛されている存在かも知ることができます。

 

本来の自分に戻るとは、何か特別な状態になるのではなく、先日の内容ではありませんが「ただ」になる。

 

つまり「ただの存在になる」「在るに戻る」(いのちがある)

 

でもこの「ただの存在になる」ということ程、実は難しいものはないですね。

現実社会で生きているとつい「我」が知らず知らずに占拠してしまします。

 

この「我」は現実社会では生きていく上でとても大切なものであり、逆に一番邪魔になるものでもあります。

 

でも、もうひとつの面からみると邪魔ではなくてそれが個性だったりします。

それを邪魔扱いするか、活かすは自分次第ということにもなりますね。

 

だからこそ、自分を知ること=自分を最大に活かすことになり、頂いたいのちを活かすこと(大切にする)になる。そんな気がします。

 

瞑想や座禅が現代人に必要であり、こんなに流行りになるのは、皆どこかで自分にちゃんと戻ることが大切だと頭ではなくて本当は感じているからではないかと思っています

 

私は10数年前から動く禅(瞑想的)なものをしてきていますので、流行りだからとはじめたわけではないからこそ、今、本当に大切なことを皆が気が付きだして、とてもいい傾向だと感じています(ちょっと生意気言ってすみません)

 

本当に自分に戻る人が増えればそれだけで、家族単位、社会全体、日本、世界とすべてが調和のエネルギーで満たされるようになります。そうすると「真の笑顔」で溢れてきます。

 

考えただけでにやけてきますが、そうなると何だか嬉しくないですか・・・

 

ということで今日も一呼吸、一呼吸を大切にしましょう。

 

そして仕事の合間、ふとした合間でも坐る時間があれば、心を自分の内側に向けてあげましょう。

 

静寂な自分とつながりを深めてみましょう。

きっと心も落ち着き、自分を愛おしく感じることでしょう(ナルシストでなく)

「ただ在る」を感じてみましょう。

 

今日も最後までお付き合い頂きましてありがとうございました。

今日も素敵な一日をお過ごしください