陰陽・中庸

皆さん、おはようございます。

 

今朝の朝日&雲。

朝日の上がる位置がだいぶ

変わってきましたよ。

 

今日は羽が(私は羽にみえて)

太陽と重なりました。

*逆光なので空の青さがイマイチなのが残念ですが・・・

 

立夏も過ぎ、夏至に向けてぐんぐん

陽の氣が旺盛になってきます。

 

この陽の氣を利用して私達もぐんぐん

明るい方に向かっていきましょう。

*陰の流れの時は内に向かうに適す

 

「陰極まって陽に転ずる」ということわざがあるように、

陰が極まらないと陽に転じることができない。

 

陰陽の繰り返しで「中庸」になる。

 

私が体感し自分なりの座右の銘は「陰陽極まれば中庸になる」です。

*繰り返しながらだんだん中庸になっていくということを体感してきたから・・

 

今、生まれてきている世代の子供たちは(平成以降)

「陰極まって陽に転じる」などの過程が必要ない子供達も多い(中庸が当たり前)

*クリスタルエネルギーで、すでに生まれてきている(一部の子供ですが)

 

昭和世代の人々は、陰陽や因果を体験したくて生まれてきているし

それをやってきたからこその価値があると私は思っています。

 

昭和のはじめは、生きていくための喜びと苦労(生存維持)

 

高度成長期による物質的な喜びと苦労(物質重視)

 

物理的に豊かになったら、人間関係による喜びと苦労(つながり)

 

そして今は「なんのために生きているの?」という本質に

それぞれが辿り着くのに必要な喜びと苦労(ちょっとした苦痛)

 

本当は苦労ではなくただの「陰の部分」の体験にすぎない。

 

陰があるから、陽を感じれる。

闇があるから、光の素晴らしさを感じ取れる。

どちらも必要。

セットみたいなもの(笑)

 

私達の頭でこれは陰、これは陽と分けているだけ・・・

 

なのですが分けることでかわるのようになっている仕組み。

 

もっと極にいくと本当は陰と陽だけでなく天の氣のように・・・

雨があって、晴れがあって、曇があって、嵐があって、雪があって

台風があってなど天の氣も全く同じ日はなくて無限のバリエーションの

過程を得て今、この瞬間の地球のバランスになっている。

 

私達も全く同じで、同じような毎日でも同じ日はなく無限に

起こってくる瞬間、瞬間のバリエーション(出来事、感情など)

を体感、体験しながら今、この瞬間の私のバランスとなっている。

 

日々のバリエーションを通じて自分の中心(中庸)・本質に辿り着く

過程を楽しんでいるともいえますね。

*本質・・なぜ?生まれてきているのかに気づく

 

昭和世代は、西洋的なの影響(特にアメリカ)も強く受け「白黒」つける

ということを学習してきています。

なのでそれが思い込みの概念としてどっぷり乗っかっている。

*それも今までは必要だった。

 

白が黒かの世界・・(社会では必要な部分であるので矛盾がある)

 

元々、日本は「曖昧さ」「良い加減」「いい加減」という言葉が

あるように無数の選択肢を良しとして生きてきた。

 

海外の方に「程々でいいよって」言っても通じない。

白が黒しか無い世界観だから(いい悪いではないですよ)

 

今、もし生きづらいと感じているなら自分の心に正直に

なるチャンス。

 

あなたは「白、黒」はっきりさせていく生き方がしっくりきますか?

あなたは「曖昧さ」「良い加減」で生きていくほうがしっくりきますか?

あなたは「白・黒」&「曖昧さ」「良い加減」を組み合わせた

生き方がしっくりきますか?

 

要するにあなたが一番しっくりくる世界を正直な気持ちで生きていくのが

一番のその人にとっての幸せなのかなと思うのです。

 

私は不器用なので「曖昧さ」「良い加減」「いい加減」の生き方を今までも

ずっと生きてきていますし、それが私にはしっくりくる。

 

ですが、東京に来た時は東京という場所に触発され、何とか頑張って

白黒の世界もやろうと試みたけどやはり私には合わない。

 

私はやはり これからも「良い加減」「いい加減」でいきます

そして、私にとっての中庸は「無為自然」

 

ということで今日はこんな話の展開になりました。

 

今日も皆様にとって素敵な一日となりますように・・(*˘︶˘*).。.:*♡感謝