無財の七布施

皆さん、おはようございます。

 

先日の夕景。

 

帰って見てみたら電線が映っていたぁ〜(苦笑)

 

でも綺麗でした。

 

綺麗っていい言葉ですね。

漢字は書けない(笑)

 

綺麗という言葉の意味合いの中に・・・

・美しい、きらびやかという外見のこと

・余計なものがない様という内面のこと

両方書かれていました

 

綺麗って私の勝手解釈では「氣・霊(きれい)」

氣がゼロ(心身ともに偏りがない)

 

身体的には、氣の滞りが少なく、循環し流れ潤っている

内面的には、中庸、俯瞰、ゼロ意識

 

自分が苦しさを感じてしまっている時は、矢印が自分ばかりに向いていて、大いなる中で平等に生かされていることを忘れてしまっていることが多いです。

 

今、空が大きくみえます。

空を見上げ、どれだけの大きなものに包まれているのか感じてみてください。

 

そして、自分だけにベクトルが向いていると感じたら、「無財の七施」をちょっと思い出してみるのもいいかも(ご参考まで)

 

これは日々の慈悲の実践とも言われていて、どこの宗派も少しづつ内容を変えて伝わっているようです。

*財がなくても誰でもできる施し

 

今回は、禅(曹洞宗)の七布施

 

1,眼施(がんせ)

常に温かく優しい眼差しを施すこと

 

2,和顔施(わがんせ)  

いつもニコニコ笑顔で接すること

 

3,言辞施(ごんじせ)  

優しく時には厳しく叱る愛情のこもった言葉

 

4,身施(しんせ)   

自分の身体を使い奉仕すること

 

5,心施(しんせ)    

心配り・気配り、思いやりの心を持ち、相手の立場になってみること

 

6,床座施(しょうざせ)

 座席や場所、地位を譲ること

 「お先にどうぞの精神」

 

7,房舎施(ぼうしゃせ) 

 家や部屋を提供すること

 *昔は雨風しのげることができない人(いろんな事情)

  がいたので、そういう人がいたら(困り人)喜んで

 提供しましょう。

 今だとシェアの感覚ともちょっと似たような感じ

 

仏教からきている教えは、今にフィットするものとしないものがあることもありますが「自分はこれを大切にしたい」と思うものがあれば軸(中心の軸)は、ブレないのではないかと思います。

*柳の木も根っこが充分はって幹はしなやかだから倒れな

い。大事なのは根っこ=日常

 

私も改めて自分が忘れてしまいがちなことを日々実践しようと思いました。

 

書かせて頂きながら自分が学びになります。

お付き合い頂いてる皆様、ありがとうございます。

感謝(*˘︶˘*).。.:*♡

 

では今日も素晴らしい一日をお過ごしください(⌒▽⌒)