癒やしは内から

皆さんおはようございます(*^^*)

 

このお地蔵さん

いいお顔しています。

 

仏像が好きで大阪時代は京都・奈良と

よく見て回ったものです。

 

誰がみても心静まる

 

それは皆さんの本質も静寂だから

 

心地よい息

ができれば自然と脳波は落ち着き

 

全身の巡りは良くなり

 

本来は瞑想だけで巡らせるようになります

 

が、現代人は神経的疲労

肉体的疲労の蓄積と

 

日常生活でのあまりにも動かない生活で

目を閉じても皆さんの中に在る静寂に

 

なかなか一致しないのが現状

 

なのでエンボディは身体を動かし、ある程度巡りやすくしてから(身心のお掃除)

内なる静寂と一致させていく流れにしています

*その繰り返しで「内なる静寂」を思い出すから

(自分は静寂そのものと忘れている)

 

では内なる静寂と一致すればどうなるの?

 

一致すればするほど

 

肉体が癒やされ

心が癒やされ

魂が癒やされていきます

 

魂を癒やすのは深い静寂に入ることもひとつの手段です

(強烈な刺激、ショックによって一気に癒やされることもあります)

 

癒す人がいて

癒やされる人が存在するわけではなく

*私も昔は「人を癒やしてあげたい」という思いで

セラピーをやっていました。今は違いますが・・・

 

癒やしとは最終的にはひとりひとりでしか行えない

*解放と癒やしはセット

 

面白いことに普段の生活だけでは癒やされないので

皆さんいろんな出来事を通じて(特に人間関係含め)

 

気づきが起こり

その気付きによって深く癒やされていきます

 

よく玉ねぎの皮のお話はありますが

一皮ずつだったのが

 

今は振動数(全体的に)が上がってきていますので

 

1枚というよりも人によって剥がれる枚数が違うと

最近特に感じています(その人が日々日常でも内なる静寂に向かうほど)

 

気づきが起こるのも早ければ

解放も早い

 

どこかに行かなければ静寂になれない

のではなく

 

大切なのは日常生活の中で静寂とつながる

 

静寂の時間は自分の内に意識を向けてあげながら行うこと

 

禅でいうと作務

 

お掃除、料理、選択、お仕事、瞑想、歩く、走る、瞑想なんでもいい

 

こころ此処にあらずではもったいない

 

こころをこめて(こころと共に)日常生活を送る

 

わたしも皆さんに書かせて頂くことで

自分に毎回に繰り返し伝えています

 

みなさんのおかげで繰り返しをお伝えさせていただくことで

インプットされ、それが日常生活でのアウトプットのなります

 

ありがとうございます(*^^*)

 

乾燥が進んでいますが今日も良い天気ですね

 

お散歩のときでも歩く足(足裏)、感じる風、木々、植物の勢い

こころを伴ったお散歩にしてみてもいいかも・・・

 

静寂な自分=心地よい自分。

 

今日も素晴らしい一日をお過ごしください(*˘︶˘*).。.:*♡