豆まき(鬼・福の神)

皆さんおはようございます(^^)

 

今日は節分。

 

季節を分ける日とも言われ

 

立春の前だけが節分という認識が強い

ですが、節分は年4回あります(^^)

 

 

昔の人は区切りを大切にしていて

 

特に、立春は冬から春へといのちが活発に動き出すときでもあり

 

一旦区切ることで新たないのちが生まれることを体感的(体験)に知っていたから特に大切にされていたのかもしれませんね。

 

 

昔の人の中心はいのちを受け継ぐため

*繁栄のため(いのちをつなぎ子孫を残しそれが永続的に続いていきますようにと)

 

恩送りの精神があった。

 

そして

古来より、季節の変わり目にはいつもと違うことが起こったり

*現実的にも、春は冬に溜め込んだものをいい意味で解放し、新陳代謝が活発に

なり内在していた病気や不調、溜め込んでいた感情が表に顕れやすい。

いいことなのです(^^)

 

予期せぬ出来事に見舞われたりしやすいとされていたで

立春となる前日に悪いものを追い払い、

幸運が舞い込むようにと願って節分の行事がおこなわれるようになったようです

 

節分のはじまりは平安時代や室町時代など(諸説あり)

日本に古くからある伝統的な行事の1つとなっています。

 

先日は節分の前にふと思い立ち

神奈川の一ノ宮 寒川神社に参拝。

 

相模国一ノ宮。

相模国の土地をおさめている大元。

 

神奈川の土地にご縁を頂き今、住まわせて頂いている感謝の意を

新年(旧暦新年)の明け(区切り前)に行かせて頂きました。

 

 

土地は借り物というお話も書かせて頂いたことがありました。

 

 

今日、豆まきはこの土地に住まわせていただいていることへの感謝の豆まき

 

にするのもいいかもしれませんね。

 

そして自分の周りの人々の土地も祓い

笑いながら豆(巻きすし)を食べることですべてが祓われる

 

「ワッハッハ」と私も今年はしてみようと思いました

 

昨今は

「鬼も内、外も内」というふうに伝えている人も増えているようですね

*何年か前に目にしたので今はどうかわかりませんが(≧∇≦)

 

外も内も境目がなくなってきつつある今

 

鬼もいなければ

福の神もいない

 

逆にいうと

あなたも鬼(鬼の部分もある)

あなたも福の神(神のような大きな視点がある)

 

どちらも在る(どちらがという堺はない)

 

土地ひとつとっても境界線などない

*湘南の海でもここは私達のエリアだからと未だに喧嘩もあるようで・・

海はみんなのもの境界線など無い

 

区切りを迎えるというこは

一旦リセットするということ

 

リセット(チューニング、根源に)されるから

そこから新たな流れがはじまるスタートとなり

 

新たな流れが基準となりまた拡大していく

 

エンボディでさせてただいているのも同じこと

*毎週自らのいのちの息とつながりながら中心(中真、中神)に

チューニング(調律される)されることで一旦リセットされる

 

元の還る(前と同じに戻す)のではなく

リセットすればするほど再生され

 

いろんなことを留めることがなくなる(少なくなり)=

「巡り続け、いのちが拡大し続ける」

ことにつながる

 

今日豆まき通じ一旦リセットし(身心とも)

 

新たな自分として明日からまたはじめてみるのもいいかも

しれません(^^)

 

では今日も素晴らしい一日をお過ごしください(*˘︶˘*).。.:*♡