結んで・開いて

皆さん、おはようございます(^o^)

 

今日の写真は梅の裏から撮った写真。

 

こんなにも可愛いんですよ

 

わたしたちはつい表だけに(顕れている現実、世界観)

囚われてしまいがち

 

人も前にたくさん目立つパーツがついています

 

でも本当はすべて後ろ姿にその人の生きてきた証がくっきりと映し出されます

 

「腰骨をたてる」(仙骨)

*有り様(精神)が背中にでる傾向がある

 

昔は帯(男性は丹田のあたり)

腰紐(女性は丹田よりの少しだけ上)

 

そのことで自然と腰骨は立ち

足の裏では大地を捉える(つながる)感覚が当たり前で

 

それにより背骨が天に向かって(太陽)自然と

まっすぐ立つ

 

それにより天人(神)地の意識は誰からも教えられることなく

 

天に生かされ、地に活かされ生きている

という謙虚さが生まれていた

*思わず手を合わす

(流行りのいのりも概念ではなく、本来は内からの自然の発露)

 

今は教えとして

「謙虚になりましょう」

「手放しましょう」

「慈しみの心を持ちましょう」

「いのりましょう」

とか道徳的な教えとして頭で理解しています

 

なのでしっくりいかない

なんかいつも分離感があったり

満たされない(肉体を持ちながら、根源とのつながりを体現していないから)

 

例えば

「満たされない」

それは満たされている領域があることを知っているから・・・

 

そうみんな知っているのです(内包、内在神)

 

内在神というと特別と思うかもしれませんが

 

日本も海外もいろんな神々や天使やマスターや

なぜ、例えとして存在しているのでしょうか・・・

 

古事記の歴史や登場人物を覚えても

天使の名前や働きマスターの働きを知っていても

それが凄いのではなくて・・・(本質ではない)

 

自分の中にもそんなのたくさんの質(性質)が存在していること

を知る手がかりやきっかけにはなる(意識付には良い)

 

巷の「在ることって」なんか違う方にいっている気がしています

*今日は毒ゆかりだぁ(^o^)

 

在り方を自分で決めるわけではない

 

あなたは「どう在りたいですか・・・」

 

創造主ですからそうなんですが

*これ以上は辛口になるので辞めておきます

 

いい悪いではないのです

 

そろそろ目を覚まいくほうが楽というか、身心魂の自然な流れというか

(コントロールせず)

 

毎日が楽に快適に心地よく流れる日もあれば

そうでない日もあります

 

魂的には成長目的ですから

「え〜嫌なんですけど」「氣がっ進まない」「面倒くさい」の声が大きく響き

 

逆に変わり目の時期にきている方は、

そういう気持ちも根底にないわけではない

 

でも「なんか気になる」

わからないけど・・・

 

そうあなたの中の内在神(神々の例え)が目を覚ますとは

 

いろんな神の質がすでに在ることを知り

ん〜認める?も違うな、赦すもちょっと違うけど・・・

 

コントロール無しが「ありのまま」が近いかな(≧∇≦)

 

怒り狂う(寛容)

大泣きする(大笑いする)

悔しがる(嬉しがる)

気性が荒い(気性が穏やか)

などなど

 

これにはすべて表と裏がいっつい

 

神々に例えられるようにたくさんの神の質が内在している

それに気がつくことが増えることが内在神の顕れでもあります

 

いい人になるのではないのです

*結果、顕れとしてそうなる人もいます(確率的には多いかな)

 

神話や古事記で教えられていることはそういうことかなと・・・

*物語は特に古事記(政治的支配でつくられ、真実はぬじ曲げられています)

私も20年くらいに神話、古事記に出会いいろんなことも学びましたが

 

伝える人の立場や活用の仕方によって解釈は千差万別

これもいい悪いはないのです

 

わたしは女性の視点から、からだを通じ、心の動き、魂とのか変わり、

霊性との視点からそして「結び」「開く」を体感をし続けてきての見解です

(わたしのいってることが正しいわけではありません(^o^))

 

今日も朝、ふと「むすんで開いて」の童謡が浮かび

 

歌ってみたら・・

えっ、これって真意ついているって勝手に感じて

 

そして画像を探したら偶然にも

「結び(蕾)開き(花)」の写真があり・・・(*^^*)

 

人生って繰り返し(行きつ戻りつのようで確実に成長している)

*むすんで(掴んで)・開いて(放して)の繰り返しで

 

世に出ると嫌なことも多い

(同じくらいいいこともある(^o^))

*あまり関係ない世界観で生きていると関係ない(^o^) 

 

いろんなものを掴んでは、放ち

 

「放ち上手」になる

 

手をグーにしては、パッと手を開ける確率が増えていく

 

イラッときたら

「結んで、開いて」を歌ってみるといいかも

 

歌うのは立派な呼吸法のひとつ(表面的なイラッはすぐ消える)

脳が騙される(^o^)

 

結ぶ(掴む)(固定)されるのは

 

同じ感情を何度もリピートするから(結果、掴んでしまってる)

*自分で掴んでいる^_^(成長の種だから、それは大切なの)

 

では放ち上手(開き上手になるかも)になるには、

 

イラッとかモヤッと

きたら好きな歌を歌う(文言、呪文(好きなことば)マントラでもいい)

 

この歌を歌いながら

 

グーをつくってパーにしてみたら

終わった頃にはどうでも良いことだったりする(^o^)

 

ましてはその手を上に(太陽の方へ)

*2番はその手を下に(大地へ)

 

完璧〜

 

足は大地の感覚

歌いながら「グーからパー)

 

それで自然と軸もたつようになる

 

人生って何を繰り返しているかで決まるともいえます

*それ、ばかりではありません(本当は私不在ですから)

 

最後に「結んで開いて」の歌をどうぞ

本当に大事なことは、小さい頃学んでいる(^o^)

しかも身体を通して(呼吸、手を叩く、天と地へ手を向ける)

*天人地(神・神・神です)

 

〜理論(理屈)もいいが、

たまには馬鹿になれ〜\(^o^)/

 

今日からあなたも「手放し」上手

*手の中心はたなごころ

(手の平はこころとつながっていて、DNA(精神)とつながって天地と結ばれています)

 

「手放し上手は「結び上手」結局、循環です

*いい悪いは薄れてきます(^o^)

 

では今日も素晴らしき一日をお過ごしください(*˘︶˘*).。.:*♡